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無節操一本勝負

敵か味方か・・・深まる謎

沼御前

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・沼御前神社の縁起
沼沢湖の主は雌の大蛇だとされており、昔は時々陸に上がって人畜をいためることが多かったので、鎌倉時代はじめ黒川(若松)の領主佐原十郎義連が退治したと伝えられています
その時頭だけを湖岸に埋め、大蛇の冥福を祈るため、その霊を神として祭りました
これが沼御前神社の縁起で、祭神の名は浜姫の命といいます
昼間は御殿のようなところで毎日機を織っていたという伝説があり、大正時代までは機織の夫人たちが度々参拝していたものです



・佐原十郎の大蛇退治
佐原左衛門慰義連12人の家来を引き連れて来る
沼の主の大蛇の棲む霧ヶ窪(沼沢湖)へ
「沼の主なる大蛇ぞ、人馬を苦しめ世を騒がすとは捨てておけぬ・・・」
しかし、佐原主従は筏諸共に大蛇に呑み込まれる
大蛇胎内の義連らは兜に付けた一寸八分の守本尊聖観音の御利益で助かる
腹かき切って外に出て大蛇を成敗して一件落着す



大蛇伝説が残る沼沢湖
古くは沼沢沼、さらに遡って霧ヶ窪と言われていた場所である

中国では竜にまつわる伝説は多いが、その竜が日本に上陸した際に、水の神としての性格が強調され、その姿を大蛇と変えた
この沼御前も、その例に漏れないものなのであろう

伝説というものは実際にあった何かから発生しており、無から生じた伝説の方が珍しいものなので、過去において何かがあったものと推測される
妥当だと思われるのは、大蛇の水の神という性質から、付近に度々起きた水の氾濫を、領主である佐原義連が治水によって止めたとかいう実績から生じたものではないだろうか

また、『雌の大蛇』と、性別が限定されている事から、この辺の豪族の娘にまつわるトラブルを解決したとかいうことも考えられる

さらに候補としては、この伝説の土台となった沼沢湖がカルデラ火山という事から、火山の噴火という事も考えられる
その頃の時代に噴火した痕跡は無いが、痕跡が残るほどの噴火は有る程度大規模なものなので、小規模な噴火があったのかもしれない


で、退治された大蛇なんだけど、殺生石の項でも書いたとおり、その後の祟りを恐れた民衆に祀られ、その過程でご利益を付加され、機織の神としての沼御前に変化したと推測される

ま、実際見てきた湖はただの湖なんだけどね
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湖の周囲は自然が出鱈目に多いんで、狐狸妖怪の類が出てもおかしくはなさそうである
ましてや迷信深い昔の事だし





ついでに言うと、その後の沼御前から派生した、『実宗壇』というエピソードがある

弘安年間(1278~)
厳しい夏の7月のある日、水泳ぎ中の”おなつ”という女の子が見えなくなり大騒ぎになった
その後、3日3晩探すも手がかりすら見つからなかった
その頃、上総生まれの山伏で、名を実宗という者が村に滞在していた
見つけ出したらおなつを嫁に貰うとの約束で、現在の山伏の滝で3日3晩の断食祈願し、「須崎の渕の御棚の3段目にいる」の託宣を受け、おなつを見つけ出す事が出来た
しかし、助け出されたおなつは口を利かず、夕日を見てはただ泣く毎日となる
その後おなつはだんだん弱っていき
「乙姫様のような沼御前は昼は機織り、夜は蛇体となられて恐ろしいこと」
という事を最期に、息を引き取った
実宗も愛妻を亡くした悲しみから後を追うように亡くなったという
この二人の墓を実宗壇という

沼御前らしきものが出てきたんで記載したが、さて、この物語はどう解釈したものか・・・

  1. 2004/12/23(Thu) 05:58:18|
  2. 歴史、伝説|
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