無節操一本勝負

敵か味方か・・・深まる謎

「三国志」(全24話)

第1話
時は世紀末。
漢は張角という宗教かぶれのオッサンのせいで揺れていた

第2話
張角は討伐されて死んだけど、十常侍というバカどものせいで、依然漢は揺れていた

第3話
バカどもはブッ殺したが、董卓っていう新しいバカが登場した

第4話
董卓があんまりヤな奴なもんで「董卓をぶっ殺そうぜ同盟」が成立した

第5話
「董卓をぶっ殺そうぜ同盟」はバカばっかりなので内部から崩壊した

第6話
董卓は、やりたい放題やったあげく部下の呂布っていうオッサンに殺された

第7話
そのころ曹操というオッサンが、どさくさにまぎれて成り上がっていた

第8話
曹操軍はものすごく強く、呂布は殺すわ袁紹は殺すわで、あっという間に中国の半分を手に入れた

第9話
この頃、皇帝の血を引くとフカしていた劉備が、諸葛亮を配下に加えていた

第10話
戦争に勝ちまくって調子に乗っていた曹操は、赤壁で孫権&劉備軍にボコボコにされ、逃げ帰った

第11話
自分の国を持たない劉備は、ダーティーな手で他国を乗っ取り、拠点とした

第12話
劉備軍は曹操&孫権軍と戦い、大事な部下の関羽を殺された

第13話
その頃曹操は曹操であっさりと病死していた

第14話
曹操の息子曹丕は、お家騒動の末、皇帝から帝位を強引に貰って皇帝になった

第15話
自分だけ皇帝になった曹丕にジェラシーを感じた劉備は、自分も皇帝になった

第16話
孫権もドサクサにまぎれて皇帝になり、こうして三国時代が始まった

第17話
関羽を殺された事を根に持っていた劉備軍は、孫権軍と戦い、帰り討ちにあった

第18話
劉備は大負けしたのがショックすぎて死んだ";

第19話
こうして劉備から後を任された諸葛亮の苦難の日々が始まった

第20話
諸葛亮は南蛮が不穏なのでヤキを入れた以後南蛮の不穏な動きは消えた

第21話
諸葛亮は調子に乗って魏に遠征したが、部下の馬謖がボンクラだったせいで大負けした

第22話
諸葛亮はしつこく魏に遠征したが、途中で過労死した

第23話
そして、数年にわたり魏呉蜀とこぜりあいを続けていたら、司馬炎が魏を乗っ取って皇帝になった

第24話
司馬炎はあっさり蜀と呉を滅ぼし、三国時代は終わった。
「三国志 ~完~」

HPトップに置いといたお話だけど、PCじゃあ見れないので、ここに移動しました
1時間に1話進んでったのですわ
  1. 2000/02/18(Fri) 06:03:06|
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呉壱

陳留郡の人で性は呉、名は壱、字は子遠
骨っぽい男で、博愛の心をもち、弱軍を率いて強敵を制圧し、危機に陥ることがなかったという

この人も陳到と同じく正史に正式には登場していないが、最終的に車騎将軍・仮節に昇進している上、妹は劉備の夫人だったりする

おいおいおいおい、車騎将軍で義弟だぜ!!
なんでこんな人の資料が乏しいんだ!?
とにかくマイナーな武将です
  1. 2000/02/14(Mon) 06:06:19|
  2. 歴史、伝説|
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陳到

汝南郡の人で、性は陳、名は到、字は叔至

名声、官位ともに趙雲の次にある忠節勇武な人物
当時選り抜きの兵士を指揮し、猛将として勲功をあげた

当時においても資料が無さすぎて、正史にも正式には登場していない武将
当然演義にも登場しない
こういう人って多いんだろうなぁ・・・
  1. 2000/02/14(Mon) 05:09:44|
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趙雲

常山郡真定県の出身で姓は趙、名は雲、字は子龍

若武者のイメージがあるが、実は劉備より年上(当然関羽、張飛よりも上)である

演義において劉備の息子劉禅を2度救っている
逆に言うと、このボンクラを2度も救ってしまったのだ

正史において、関、張、馬、黄と共に列伝を立てられてはいるが、将軍職では他の4人よりも格下であるので、もしかしたら統率は苦手だったのかも知れない

そういえば、この人の活躍のエピソードって個人的な武勇が多いしなぁ
  1. 2000/02/13(Sun) 06:18:00|
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弁王子は愚帝だったのか?

愚帝だったため、董卓によって廃帝にされた弁王子
この人は本当に愚帝だったのかな?とか思う
前の皇帝の霊帝がそうだったように、世間知らずで、なんでも「よきにはからえ」しか言わない愚帝のほうが、甘い汁を吸えるじゃないか?
それなのに董卓は、愚鈍な弁王子を退けて、聡明な協王子をたてた訳でしょ?
おかしくない?
そこで考えられるのは、弁王子は実は聡明だったんじゃないかっていう仮説
頭が切れるやつだったから廃帝にされたんじゃないのか?
まあ、あくまでも仮説だけども、考えられなくはないんじゃないかなぁ
  1. 2000/02/13(Sun) 06:16:26|
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私見「諸葛亮」

性は諸葛、名は亮、字は孔明・・・などと、いちいち説明せんでもいいくらい有名な三国時代の蜀の軍師

一流の軍師と評価されているが、史実では軍事よりも政治にその才を発揮する人物であったらしい

人事が苦手で、何度か抜擢を誤り失敗している
「泣いて馬謖を斬る」の格言は、そもそもこの人が抜擢を誤らなかったら起きなかったはずだと思うんだけどなぁ・・・
  1. 2000/02/13(Sun) 06:13:21|
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